日本の暮らしを支えてきた、ものを作る人たち。
師匠から弟子へ綿々と受け継がれてきたわざは、
その人たちの手に宿っています。永い歴史の中で一つの時代を担う、
職人の手わざが生み出す仕事と、彼らが背負う思いをお伝えします。
今回は「江戸切子」の廣田達夫さんです。

原料や道具を作る職人も守り、伝統工芸を産業として残す

江戸切子は砥石を回転させる機械を使い、紋様を彫っていく。彫りたい紋様の細かさに合わせ、いくつもの砥石を使い分ける。

東京スカイツリーを望む、すみだ江戸切子館には、連日多くの人が訪れ、江戸末期から続く工芸である江戸切子の美しさに触れています。すみだ江戸切子館は、創業120年の廣田硝子(ひろたがらす)が、ものづくりの伝統を守るためにオープンした、制作と販売を一体化した工房ショップです。

「ガラスは明治以降、東京の地場産業として発展してきました。その中でメーカーを中心に、ハンドメイドの吹きガラスや江戸切子を残そうとする活動が起こりました。以来、江戸切子は伝統工芸品や地域ブランドとして指定を受け、技術の保護や育成が続けられています」

と話すのは、廣田硝子の廣田達夫さん。すみだ江戸切子館の工房に見学用のガラス窓を設け、江戸切子士の技術と切子の価値を直接体感してもらうことを目指しています。

左)工房で作業中の江戸切子士の川井更造さん。(右)紋様の割付は、専用の機械を使う。
店舗に設けられた見学用のガラス窓からは、江戸切子のカット工程や熟練の技術を見学することができる

また、体験工房も設け、切子に興味を持ってもらう機会を提供。使う人の声を聞き、求められるデザインや用途を掘り起こすことにも努めています。

「若い人の中には切子作家を志す人が増えているようで、それは喜ばしいことです。しかし伝統工芸は、産業として残していかないと、衰退してしまう可能性が大きい。切子の職人だけではなく、原料や道具を作る職人など、土台となる要素ごと継承していかなければ、裾野が崩れてしまうのです。そのために新しい市場を生み出していくことも必要だと考えています」すみだ江戸切子館は、そのための拠点として、多くの使命を背負っています。

江戸切子の紋様は、自然のモチーフや着物に使われる伝統的な和柄などが多い。
左は魚のうろこを模した「魚子(ななこ)」 右は菊の花を模した「菊繋(きくつなぎ)

仕事を見せることで、興味を持ってもらう

すみだ江戸切子館で働く、江戸切子士の川井更造(かわいこうぞう)さんは、この道に入って29年になります。一日作業をして作れるのは、グラスなら6個程度。切子作りは想像以上に手間がかかるのです。しかし、一つのものを一人の手で作り上げる仕事は、責任感とやりがいが大きいと言います。

「若者の受け入れ体制が不足していると感じますが、どんな状況でも本当にやりたい人は飛び込んできます。江戸切子士も高齢化が進み、私たちの下の世代はなかなか育っていない。先を見据え、今中学生くらいの子どもたちの中から、興味を持つ人が出てくればと期待しています。自分の仕事を見せることが、その一助になればうれしいです」

すみだ江戸切子館の店内。切子作家の逸品から日常使いの器まで、約350点を展示販売
ガラスの質感や色など江戸時代の切子を再現したものから、東京スカイツリーをモチーフにしたものまで、さまざまな江戸切子が楽しめる。左から復刻・額付向付小鉢、紫・ぐいのみ・東京スカイツリー紋様藍・高杯・松竹梅紋様、
紅・オールドグラス・六角篭目、藍・乾杯グラス・七宝繋ぎ紋様

<廣田達夫さん>

廣田硝子の三代目で代表取締役会長である廣田達夫さん。
紋様のデザインも手掛ける。店舗では使い手の声を聞き、商品開発にも力を入れる。

<江戸切子のはじまり>

江戸の天保年間(1830~1844)より、江戸大伝馬町にビードロ問屋を営む加賀屋久兵衛らが南蛮人により持込まれた海外のガラス製品に切子細工を施したのがはじまりといわれています。こうした技術が現代まで受け継がれ、東京で切子加工をされたガラス製品が総称的に江戸切子と呼ばれています。

また、加賀屋久兵衛発行の引き札(今のカタログ)には当時の扱っていたガラス製品の数々を紹介されており、江戸期のガラスとして、ガラス食器のほか、理化学用ガラス・日用品ガラス・金魚鉢などにも江戸期には多くのガラス製品の商いがされていたことがわかります。(すみだ江戸切子館HPより

<江戸切子 すみだ江戸切子館>

東京都墨田区太平2-10-9

☎03-3623-4148