雲海とは、雲を高いところから見下ろした時、その上面が海のように広がって見える状態をいいます。富士山のような高い山や飛行機の窓からはよく目にする光景ですが、地上ではなかなか出会えません。ところが、さまざまな条件が重なると、さほど標高の高くないドライブルートや展望スポットでも雲海は見ることができるのです。
ひとくちに雲海と言ってもタイプはいろいろありますが、ひとつ共通するのは、その発生時刻が夜明け前後の短い時間帯に限られることでしょう。太陽が高く昇り、気温が上がり、風が吹き始めると、雲海は跡形もなく消えてしまうのです。
ときにはいつもより少しだけ早起きをして、空と大地が織りなす神秘的な風景を楽しんでみてはいかがでしょう。

雲海スポット《その1》のせがわ村雲海ロード

奈良県野迫川村

雲海の季節:通年

雲海遭遇率:☆☆☆※「雲海遭遇率」は雲海発生の大まかな目安です。雲海シーズンに週に2~3回以上発生するなら☆☆☆、週に1~2回程度なら☆☆、月に1~2回程度なら☆で示してあります。

夜明け前の野迫川村。谷筋から湧き上がる雲が稜線を越え、奔流のように流れ出していった(撮影:上原靖己)

幸運を呼ぶ!? 「青龍雲海」と出会える紀伊山中の峠道

人口約400人の野迫川村は、奈良県の南西部、幾重にもひだを重ねるように連なる紀伊山地の中央部にあります。スーパーマーケットやコンビニエンスストアはもちろん、信号機さえひとつもない、この静かな山村が近畿エリアの雲海ハンター(雲海の撮影を趣味とする人)から大きな注目を集めているのは、何よりも雲海の発生する頻度が非常に高いためです。

野迫川村では季節に関係なく1年を通じて雲海が発生し、雨上がりの風の弱い朝などには、必ずといっていいほど見事な雲海が出現します。

また、村内を走る県道53号や県道733号の道路沿い、立里荒神社(たてりこうじんしゃ)周辺などに数多くの雲海を展望できる場所があり、さまざまな姿の雲海を目にすることがができます。
なかでも人気が高いのは、県道53号・天狗木峠の近くから眺める通称「開運・青龍雲海」です。谷筋にたなびく雲の形が、伝説の生き物・青龍が天に昇る様に似ているとされ、これを見た人は幸運に恵まれると評判になっています。

朝日に浮かび上がる名物の青龍雲海。風向きや太陽の角度によって刻々と姿を変えていく

太平洋の湿った空気が流れ込む野迫川村の谷筋

なぜ、これほど頻繁に雲海が発生するのか? その理由については地元の人もよく分からないそうですが、野迫川村の地形が大きな要因になっていることは確かなようです。

野迫川村の谷筋を流れる河川はすべて、村の東側を南流する十津川の支流で、この川はさらに下ると熊野川と名を変え、太平洋へと注いでいます。そのため、海上で湿り気をたっぷり含んだ空気が、海風の吹く夜明け前になると渓谷を抜けて野迫川村まで流れ込み、気圧や温度の低下などにより盛大な雲を生み出すと考えられています。

夜空が美しいことで知られる野迫川村。雲海&星空の荘厳な風景を求めて訪れる人も少なくない(撮影:田中嘉宏)

熊野古道の歴史とともに雲海のすばらしさを味わう

観光地としては、県内の人々にもほとんど名前を知られていない野迫川村ですが、その西側の稜線地帯には世界遺産・熊野古道のひとつ、高野山と熊野本宮を結ぶ小辺路が通っています。

また、天狗木峠を越える県道58号も、そのルーツを辿ると小辺路よりもさらに古い歴史があり、空海がまだ私度僧(律令下、官許を得ることなく出家した修行僧)だった頃、吉野の大峯山からこの峠を越え、高野山へと至ったという記録があります。その後、空海は唐に渡って密教を学び、かねてから目を付けていた高野山に真言密教の総本山を開くことになるのです。

このほか、日本三荒神のひとつに数えられる立里荒神社は西暦800年頃の創建とされる由緒ある神社です。こうした歴史ある山里の風情とともにダイナミックな雲海風景を楽しんでみてはいかがでしょう。

■アクセスガイド

鉄道がなく、バスの便数も極端に少ない野迫川村へは、マイカーやレンタカーでアクセスするのが便利。
最も近い高速道路のインターチェンジは京阪和道(無料区間)の五條ICで、そこから雲海スポットのひとつ、天狗木峠までは約40㎞/1時間20分の道のり。
役場のある野迫川村中心部に向かう時は、高野山から高野龍神スカイライン(国道371号)を南下し、野迫川口から林道(舗装済み)で行くルートが分かりやすい。

■昭和食堂

人気の昭和食堂 早朝6時から営業しているため、いつも雲海ハンターで賑わう昭和食堂。名物の雲海丼(写真掲載不可)が人気。また“雲海の里の宿”という民宿も営業している。ただ営業日は不定なのでホームページをご参照ください。

■立里荒神社

立里荒神社 1200年あまりの歴史を持つ立里荒神社。その参道には全国から寄進された鳥居が連なっている。

取材・文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。