神の使い・眷属(けんぞく)として、日本各地で今もなお崇め奉られる「 狼信仰 」を辿る。今回は 七ツ石神社の再建プロジェクト 02 です。

前回第4回は、山梨県丹波山村の七ツ石山山頂直下に鎮座する七ツ石神社の再建プロジェクトについて書いたが、第5回は、再建された「新社殿」と、修復されたお犬さま(狼)像のお披露目された日について報告する。

*第4回:http://meguri-japan.com/mgr/legacies/20210906_6584/

七ツ石神社は30年間ほど放置されて、崩壊寸前だった。そこで、村に伝わる平将門伝承と狼信仰の民俗的財産を活かし、この神社を再建し、村おこしにつなげたいということで始まった。

再建プロジェクトは進み、2017年8月下旬、七ツ石神社は「七石権現社旧社地」として村の有形文化財に指定された。12月には、お犬さま像が修復のために里に降ろされた。おそらく里に戻ったのは江戸時代以来のこととのこと

2018年1月にはお犬さまの「あ形」像の顔の部分が見つかった。うっすらと目の部分もわかる。このお犬さまを展示した「七ツ石神社の狛犬展示」が丹波山村郷土民俗資料館で3月に開催された。このとき、私は七ツ石神社のお犬さまに半年ぶりで再会した。

インパクトある姿だった。全身包帯が巻かれていて痛々しい。これは山の神社からお犬さまを下ろすとき、壊れないように巻いたもの。これから本格的な修復を、文化財修復の専門家に依頼するために運ぶので、包帯は解かないで、そのままにして展示しているという。

この神社再建プロジェクト自体が、途中経過を見せるという方針のようで、この包帯が巻かれた状態のお犬さま像の展示には新鮮さを覚える。こういう展示の仕方を見たのは初めてだ。

4月には解体された社殿の下から、かつて奉納された剣が2つ、神社の由緒書きと思われる木片も見つかっている。

そして11月7日には、修復を終えた「新社殿」にお犬さま像が置かれて、お披露目されることになった。

紅葉の盛りを過ぎて、色づいた葉が濡れた地面に落ちている。霧が漂う幻想的な光景で、お犬さまを迎える最高の天候になった。昼頃、お犬さま像を運ぶ10人ほどの行列が霧の中から静かに、厳かに現れた。新しく修復された「あ・うん」の1対のお犬さま像は、尾根の峰谷登山道上まではモノレールで、その後神社までは専用の担架に載せて運び上げられた。

もともと11月7日は七ツ石神社の例大祭の日だったので、それに公開日を合わせたとのことだった。

新しく再建された「新社殿」のブルーシートが外され、お犬さまの梱包もとかれて、「新社殿」の中に安置された。これは多くの人たちの強い思いの結晶だ。特にこのプロジェクトを推進してきた地域おこし協力隊隊員で狼好きの寺崎美紅さんの情熱があったからだ。

村長はじめ関係者の方々のあいさつがあり、全員で礼をして、酒を酌み交わした。

「社殿」とお犬さま像の修復に関しては、難しいところもあった。

この再建プロジェクトは、七ツ石神社を「七石権現社旧社地」という史跡として再建するという。自治体としては宗教的な活動を行わないことで整備・修復が可能になった事情がある。行政には政教分離という原則があるためだ。だから厳密に言えば、「新社殿」は「七石権現社旧社地」を整備するために建てられた社殿型の記念碑といった位置づけになる。お犬さまも「文化財」であり、「信仰の対象」ではないということになるようだ。

「うん形」の像のひび割れには接着剤を注入し、なるべく元の形を残して修復された。

また「あ形」は、顔と胴体は分かれ、そもそも何の像かもわからなかった状態だったので、下顎などを再現したが、ここが難しいところでもあったようだ。信仰の対象としてのお犬さまであれば、オリジナルに近い形を目指せばいいのだが、文化財なので、どこまで再現するか、という問題があった。

例えば、スペインの小さな教会のマリア像がオリジナルとはまったく違う像になって批判されたが、あれは「文化財」や「美術品」としての批判だった。

個人的には、小さな村の人たちが「信仰の対象」とした像を、「文化財」や「美術品」目線だけで批判するのはおかしいとは思う。とは言え、公に公開されるものであるなら「文化財」と「信仰の対象」としてのバランスは大切だろう。

そういう意味で、この「新社殿」のお犬さま像は、ふたつのバランスがよくとられた修復であったのではと思う。

「うん形」のひび割れたところはそのままで、時間の経過を感じるし、人工物が自然に還っていくような、そこはかとない愛おしさを覚える。「あ形」も、お犬さまらしくなった姿は、信仰の対象(文化財に対して個人的に信仰するのは自由だろうから)にもなりうるのではと感心した。

「新社殿」には旧社殿の部材を一部使って再現されている。また、左の柱の梵鐘も旧社殿から受け継がれたもので、かつての姿を思い起こすことができる。長く愛される「新社殿」とお犬さま像であってほしいと願う。

関連動画:山梨県丹波山村 七ツ石神社 お犬さまが還る日(YouTube)