城下町の狭い路地を歩いていくと、どこからともなく聞こえるチントンシャン……のやさしい響き。歌舞伎や文楽、民謡の音楽としてだけでなく、音のイメージとして日本人の心に深く染みこんでいるのが三味線の音色ではないでしょうか。
そんな三味線の魅力を探るため、五世 常磐津文字兵衛さんの稽古場を訪ねてみました。

ひと口に三味線と言っても音色や弾き方はさまざま

三味線は日本の伝統芸能に欠かせい楽器ですが、もともと日本で生まれたものではありません。その起源とされているのは中国の三弦。これが琉球王国に渡って三線となり、今から450年ほど前、室町時代の末に大坂の堺へ持ち込まれたと伝えられています。

日本で最初に三線を手にしたのは、『平家物語』などを弾き語りする琵琶法師たちでした。彼らは胴の蛇皮を動物の皮に代えたり、大きな撥を用いるなど、いろいろと工夫を重ね、やがてこれが三味線の原型になってゆきました。

それまでの日本の楽器にはない情緒あふれる音色を奏でる三味線は、たちまち日本人の心を掴んでいくことになりました。まず、地歌や民謡などの伴奏楽器として広まり、やがて当時流行していた浄瑠璃や歌舞伎にも取り入れられ、それぞれの語りや唄に合わせて三味線の形も変化していくことになります。

そもそも三味線というと一種類の楽器のように思われがちですが、大きく分類しただけでも太棹、中棹、細棹という3つのタイプがあります。なかには、それぞれを「まるで別の楽器」と評する人もいて、音色や音域はもちろん、弾き方も大きく異なります。そのため、初心者はまず「どの三味線を習いたいのか」を考える必要があるわけです。

ギターやヴァイオリンのネックにあたるのが棹です。
素材には紅木(コウキ)、紫檀(シダン)、花梨(カリン)など、堅く、重く、しかも変形しにくい木が使われます。
ふつう棹には継ぎ手と呼ばれる場所が2か所あり、三味線は全体を3つに分割できるようになっています。
太棹、中棹、細棹は棹の太さに基づくものですが、胴や天神の大きさ、皮の厚さや糸の太さも異なります。
(左)三味線の頭の部分を天神と呼びます。ここには糸巻きや糸倉、上駒(かみごま)やさわりなど、三味線の音程や響きに関わる部材が集まっています。糸(弦)の呼び方は構えた状態の上から、一の糸(低音)、二の糸(中音)、三の糸(高音)。演奏会など本番で使う糸はすべて正絹製ですが、切れやすい三の糸は、練習用にテトロン製などもあります。

(右)三味線の音色を大きく左右するのが胴です。丸みを帯びた4枚の板で作られていて、太鼓のように両面に猫や犬の皮が張ってあります。表皮の上で3本の糸を支えているのが駒で、糸の振動を皮に伝える役割をもっています。3本の糸を固定するのは太い組紐でできた根緒(ねお)。これを胴の外に突き出た棹の先端に結びつけます。

今回私たちが訪ねたのは五世・常磐津文字兵衛さんの稽古場でした。常磐津節は、義太夫節や清元節ととともに浄瑠璃音楽を代表する一流派で、江戸時代中期に初代・常磐津文字太夫によって生みだされたものです。用いるのは中棹の三味線。チン、トン、シャン……という一音一音に伸びがあり、軽妙な細棹、重厚な太棹とはひと味違う、艶のある旋律を紡ぎ出します。
「三味線というのは、実はとても不安定な楽器なのですよ」

三味線の特徴について文字兵衛さんに尋ねると、まず返ってきたのはこんな言葉でした。

見てもお分かりの通り、三味線の棹にはギターや琵琶のようなフレット(ネック部分の突起)がないため、糸(弦)を押さえる左手の位置で音程は無段階に変化します。では、正しい音を出すにはどうするかというと、耳で探りながら「勘所」と呼ばれるポジションを押さえることになるのです。文字通り、これは勘で覚えていくしかありません。

ギターなどは違い、三味線の糸は爪でしっかり押さえないといい音が出ません。
糸を弾いた撥はそのまま表皮に当たり、打撃音も発します。
「三味線は弦楽器でもあり、打楽器でもある」と言われるのはそのためです。

また、右膝の上に胴を置き、その胴を右腕で抑える構えも、面ではなく点で支える形になるため、慣れないうちは胴や棹がぐらぐら動いてしまい、それを抑えようとすると全身筋肉痛になってしまうといいます。

こう聞くと、三味線は非常に難しい楽器のように思われるかもしれません。ところが、ピアノやヴァイオリンのように小さな頃から習わないと上手になれないかいうと、そうでもないらしいのです。
「もちろん個人差はありますが、なかには1年ほどで発表会に出られるようになる方もいらっしゃるんですよ」と文字兵衛さんは言います。
このあたりも三味線の不思議な魅力と言えるのでしょう。ギターなどは違い、三味線の糸は爪でしっかり押さえないといい音が出ません。糸を弾いた撥はそのまま表皮に当たり、打撃音も発します。「三味線は弦楽器でもあり、打楽器でもある」と言われるのはそのためです。

三味線(棹)と身体(横のライン)を平行にして、胴の表皮をやや上に向けるのが基本の構え。
「いい構えから、いい音が生まれる」は芸道の本質であるとともに、日本の武道などにも通じるものと言えるかも知れません。

いい音を聴き、いい動きを見る対面稽古は上達への道しるべ

江戸時代、一般庶民の間に三味線を習う人が増えてゆくと、稽古場では楽譜を用いるようになります。ただし、三味線の楽譜は語りや唄に合わせて勘所を数字やイロハ……で示した覚え書きのようなもの。洋楽の五線譜のように譜面どおり演奏すればそれでいいわけではありません。
三味線の稽古の基本は、あくまで師匠の手の動きを見たり、口伝えを聞きながら覚えてゆく対面稽古です。そして、楽譜では表現しきれない微妙な音程の変化や「間」の取り方など、一対一でしか伝えきれない繊細さこそが、日本人の心に深く響いてきたのかも知れません。

「他のジャンルの音楽家と共演するときなど、私も五線譜に曲を書くことはけっこうあるのですが、三味線の場合、五線譜では書ききれない部分が非常に大きいのですよ」と文字兵衛さんも言います。

文字兵衛さんの稽古場には、趣味で三味線を楽しむ人から花柳界の芸者さん、はたまた芸術系大学の邦楽科をめざす高校生まで、さまざまな人が通っています。そのなかのひとり、歌舞伎好きが高じて三味線を習い始めたという女性はこんな話を聞かせてくれました。

「三味線を習い始める前に比べると、自分でも驚くほど集中力が付いてきたと実感するんですよ」

五感を研ぎ澄まし、師匠の音を聴き、手の動きを見て、なおかつ譜面を追いながら自分の手の動かしてく……。のどかな三味線の音が響く稽古場には、ぴんと張り詰めたような緊張感も漂っていました。

稽古で腕前が上がると、誰もがチャレンジしたくなるのは弾き語りです。ただし、これは三味線と唄がそれぞれ上手になっても、なかなかできるものではないそうです。

同じリズムで歌と伴奏を合わせるギターの弾き語りなどと違い、常磐津節では語り(唄)の合間合間に微妙にテンポをずらしながら三味線の旋律が入っていきます。

さりげなく常磐津節を弾き語りする文字兵衛さんの粋な姿に、あらためて芸の道の奥深さを教えられたような気がしました。

礼に始まり、礼に終わる稽古

三味線を始めるには?

一口に三味線音楽と言っても長唄から津軽三味線までジャンルはさまざまです。また、三味線の稽古といっても、カルチャースクール、音楽教室から師匠に弟子入りする方法までいろいろとあります。

これから三味線を始める人は、まず自分が何を、どのレベルで習いたいか、しっかりと考えておくことが大切になるでしょう。

カルチャースクールなどで三味線という楽器に触れてみて、もっと本格的に習いたいと思った人は、演奏会や歌舞伎の公演などに出かけ、好きな三味線奏者を見つけ、その人に弟子入りするというのも良い方法だといいます。ただし、文字兵衛さんの稽古場のように、他のお弟子さんの紹介がないと入会できないところもあるので注意してください。
初心者が用意しなければならない道具は、基本的に撥、膝ゴム、指かけの3点(写真下)のみ。稽古場や教室には練習用の三味線がありますので、まずはそれを借りて習い始めることになります。

五世 常磐津文字兵衛 (ごせい ときわづ・もじべえ)

常磐津節の第一人者として活躍する三味線奏者。四世・常磐津文字兵衛(現:常磐津英寿)の長男として生まれ、1996年に五世を襲名。国内外で多くの歌舞伎舞台に出演するほか、邦楽と洋楽の融合にも力を入れ、ニューヨーク・カーネギーホールにおいてオーケストラとの共演なども行っている。さまざまな功績により2010年には第66回日本藝術院賞を受賞。

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。

協力: 前原恵美 Megumi Maehara

東京藝術大学音楽学部楽理科卒、同大学院音楽研究科博士後期課程(音楽学)単位取得満期退学。「第15回清栄会奨励賞」(研究者部門)受賞。独立行政法人 国立文化財機構 東京文化財研究所 無形文化遺産部 無形文化財研究室長。