日本列島は南北に長いため、気候区分は亜熱帯から亜寒帯までと幅広い上、海岸線から高山帯までと地形の変化も複雑で、さまざまな環境に適応して暮らしている野鳥の種類も600種前後と、とても多くなっています。
このシリーズでは、そんな野鳥たちの暮らしぶりを、たまに小動物もおりまぜながらご紹介していきます。(野鳥写真家 和田剛一)

「幻の鳥」と呼ばれてきた所以

ヤイロチョウは、夏鳥として主に西日本に渡来し、冬はマレーシアや中国南部で越冬するスズメよりも少し大きな鳥です。この鳥には、ほとんど枕詞のように「幻の鳥」という呼び名がついてまわります。数が少なく、暗い森の奥に住み、局地的にしか見ることができないということが主な原因ですが、もうひとつ、さえずりの期間が短い、ということがあると思います。

スズメ目の小鳥たちは、なわばりを作って繁殖しますので、なわばりの防衛のため、オスは子育ての時期、よくさえずります。ウグイス、オオルリ、コマドリなど、山に出かけたおり耳にされた方も多いと思います。

ヤイロチョウも、一定のなわばりの中で子育てしますし、メスを呼び寄せるためにもさえずります。さえずりは、ホホヘン、ホホヘンと聞こえる、遠くまでよく通る声です。しかし、ヤイロチョウの特殊なところは、つがいになってしまうと、ほとんどさえずらなくなってしまうのです。一週間さえずればいいほうで、短いときは半日でさえずりを止めてしまいます。

鳥を探すときは、さえずりに頼るのが手っ取り早く、確実なのですが、その声がしないのですから、なかなか観察できなかったのではないかと思います。ただし、一カ所で、3羽か4羽ほどさえずりが聞こえるような密度の濃い場所では、お互いを牽制する必要があるようで、比較的さえずりは聞くことができます。

深い森で、ホホヘン、ホホヘンとさえずる

美しい八色の鳥

赤や緑やコバルトブルーといった8つの色をしているというのでヤイロチョウと呼ばれていますが、厳密に8色ということではなく、多くの色という意味のようです。子育ての場所は、主に照葉樹林の鬱蒼とした森ですが、落葉広葉樹林でも杉などの人工林などでも住んでいます。ある程度大きな木の森で薄暗いこと、ヒナに与える餌のほとんどはミミズであるため、ミミズが多くいること、の2点が大事な要件です。

谷沿いの、急斜面の鬱蒼とした森が典型的な生息場所

森の精霊!?

ヤイロチョウは、また「森の精霊」とか「森の妖精」と呼ばれたりします。鬱蒼とした森の中で、運良く目にすることができても、ほんの一瞬であることが多く、記憶に残るのは美しいコバルトブルーの輝きのみということで、神秘的な雰囲気の鳥としてとらえるからではないでしょうか。

薄暗い森の中でも、背中のコバルトブルーと翼の白い斑紋が目立つ

森の中で輝くように美しいヤイロチョウを、森の精霊と呼ぶことに異論は無いのだけど、その子育てをのぞいてみれば、う〜むとうなってしまうこともある。先にも書いたとおり、ヒナに運ぶ餌のほとんどはミミズで、口いっぱいにくわえた姿は、精霊のイメージからは、ちょっと現実すぎるかなとおもわないでもない。しかし、ミミズはそれぞれ一匹ずつ地面に何度も打ち付け、体内の消化物などを徹底的に取り除いてからヒナに運んでいく。そんな姿は、やはり精霊に通ずるのかな。

森の斜面でミミズを探し、巣で待つヒナに運んでいく

わたしは、高知で生まれ育った。その高知とヤイロチョウの縁は深い。日本で繁殖がはじめて記録されたのが80年ほど前の四万十川流域であったからだ。実際にも、高知県には生息密度の濃い地域が多かったといえる。しかし、最近は、観察者が増えたためか、それとも生息域を広げているのか、西日本では観察例が多くなっている。反面、高知では、この10年ほどで、体感的には数を減らしているように見える。多くのヒナが巣立ちして、元気で帰ってきてくれることを祈らずにはいられない。

無事に巣立ったヒナ。狭い巣から外に出て開放感を満喫しているのか、おもいっきり伸びをして、森の中に消えていった