『日常茶飯事』の言葉どおり、お茶と日本人の暮らしは切り離せないもの。それだけにお茶の種類は地方ごとに特色がたっぷりです。全国の銘茶を紹介します。

関東・北信越

狭山丘陵に広がる茶畑

やぶきた、ゆたかみどり、さやまかおり……など、日本で栽培される茶の品種はいろいろありますが、樹木の種類としてはもちろんどれも同じで、もともとは温暖で雨の多い気候を好みます。そのため、北海道や東北など、寒さの厳しい土地では良く育たないのです。

現在、一般的に商業栽培の北限とされているのは新潟県の村上市。これより北の宮城県石巻市(桃生茶)や青森県黒石市(黒石茶)などでも栽培はされていますが、その収穫量はごくわずかで、ほとんど市場に出回ってくることはありません。

一方、関東以北で最も茶の生産が盛んなのは、埼玉県西部から東京都多摩地区に広がる狭山丘陵一帯です。ただし、かつては静岡茶、宇治茶と並んで『日本三大茶』にも数えられた狭山茶ですが、東京のベッドタウンとして開発が進み、茶畑は急速に減少。生産量では大きく水をあけられた状態となっています。

寒い地方の茶畑は、生産性が低く、遅霜の心配もありますが、その反面、長い冬を休眠状態ですごすため、樹が貯蔵栄養分を温存できるという利点があります。そのため、春の新芽にたくさんの栄養分がいき渡り、豊かな旨みが生まれると言います。

村上茶(新潟県)

村上市は産業として成り立つ茶産地としては最北と言われる。寒暖の差が激しく、冬は雪も多い環境にもかかわらず、江戸時代初期から茶栽培が続けられてきた。透明感のある水色からは想像し難いほどの、コクのある甘みを楽しめる。

奥久慈茶(茨城県)

茨城県大子町でのお茶栽培は約400年の歴史がある。雨や霧が多く、遅霜も珍しくない冷涼な気候のもと、収穫時期こそ遅いが、色沢や香りの良いお茶に育つ。奥久慈茶らしい茶葉の艶、ふくよかな味わいを手軽に楽しめる。

奥久慈茶の色合い

狭山茶(埼玉県・東京都)

埼玉県は関東以北では最大のお茶どころ。隣接する多摩地区(東京都西部)で産するお茶も合わせて狭山茶と呼ぶ。独特の香りは伝統の火入れから。コクのある味わいと力強い香気を特徴とする。

足柄茶(神奈川県)

足柄茶の産地は神奈川県西部に広がる丹沢・箱根山麓。山間地で日射量が少なく、霧が多いことから、柔らかな芽が採れる。蒸し時間が短めで、茶葉は長く、深い緑色をしている。さわやかな香気、甘味とやさしい渋味のバランスが良い。

加賀棒茶(石川県)

石川県でお茶と言ったらこの棒茶を指し、茎を炒って作るほうじ茶の一種。独特の浅い炒り方により、茎がもともと持つ甘み、ほうじて生じる芳ばしさを両方楽しめる。県内の茶畑は少なくなってしまったが、棒茶は昔と変わらず親しまれている。

加賀棒茶の色合い

東海

静岡のお国自慢、茶畑と富士山

気候が温暖で日照時間も長い東海地方は、お茶の栽培にとても適したエリア。なかでも静岡県は茶栽培面積1万8500ヘクタール、荒茶生産量3万3400トン(農林水産省の平成24年データ)と日本一の生産地となっています。

東海地方に茶の栽培が伝わったのは鎌倉時代のこと。その後、江戸幕府を開いた初代将軍・家康公がお茶を愛したことから、そのお膝元の駿河国ではお茶作りが盛んになってゆきます。また、明治維新後に江戸を追われた幕臣の一部が、それまで不毛の地だった牧ノ原台地に入植し、茶畑などの農地を開墾。こんな歴史的背景もあり、静岡県は日本一の茶どころになっていったのです。

一般に静岡県内で産する茶は静岡茶と呼ばれていますが、左ページで紹介する本山茶や掛川茶のほか、牧之原茶、岡部茶、川根茶、天竜茶といった銘茶の産地が県内各地に点在。寒暖差の大きな山間部や丘陵地帯ばかりでなく、温暖な平野部にも茶畑は広がり、それぞれ個性豊かな味わいを楽しむことができます。

また、意外と知られていませんが、三重県は静岡、鹿児島に次ぐ日本第3位の茶生産地で、特にかぶせ茶の生産量では日本一を誇ります。

本山茶(静岡県)

本山茶(ほんやまちゃ)は静岡県中部を流れる安倍川周辺で栽培され、山のお茶らしい金色透明の水色、高い香り、甘味と渋味のバランスが特徴。徳川家康公の故事にちなみ、地域ぐるみで熟成(後熟)茶づくりを進めている。秋には新茶とは違う深みが楽しめる。

掛川茶(静岡県)

深蒸しで知られる掛川茶。一帯で受け継がれる茶草場農法(茶園周辺で刈り取ったススキなどの草を有機肥料として畑に活用)は世界農業遺産に認定された。もてなし茶は旧東海道日坂宿周辺の茶葉を使用。葉は細かく、渋みを抑えた濃い味。

美濃白川茶(岐阜県)

岐阜県東部、白川町を中心に栽培される山紫水明の地が育んだ上品な味わいのお茶。寒暖の差が大きく、川霧が立ち込める山間地に茶畑が点在する。山間地のお茶らしい香りとコクをたっぷり味わえる。

西尾の抹茶(愛知県)

愛知県西尾市とその周辺では碾茶(てんちゃ)の生産が盛ん。その碾茶を石臼で挽くと抹茶になる。貴重品種「あさひ」を丁寧に手摘みし、鮮やかな緑色と深い味わいをもつ。

西尾の抹茶と点てたお茶

伊勢茶(三重県)

かぶせ茶に限っては全国1位の生産量を誇るのが三重県。本かぶせ茶とは、収穫前の約2週間、茶樹に黒い覆いをかぶせ、直射日光を遮って栽培する。旨味成分が増し、葉の色が冴える。玉露に近いまろやかな味わいが特徴。

丸子紅茶(静岡県)

静岡市の丸子は明治政府の政策で紅茶生産が始められた地。国産紅茶のフロンティアとして現在の国産紅茶(和紅茶・地紅茶)の人気を牽引する地のひとつ。ルビー色で、渋みが少なくまろやかな味わい。ストレートでさわやかな香りを楽しみたい。

丸子紅茶の色合い

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。