日本各地で受け継がれ、愛されてきた郷土料理。地域の歴史や文化、生活がその一椀に凝縮されています。それぞれの人の心にあるソウルフードを探して、郷土料理の旅に出かけましょう。

いわて銀河鉄道と青い森鉄道に乗って

南部地方とは、主に東北、岩手県から青森県の下北地方、秋田県の北東部など、明治以前の南部藩の領地一帯をさします。深く広大な山間地を持ち、水田に向く平地が極端に少ないことや寒さ厳しい自然環境のため、米の栽培が大変難しく、昔からソバや小麦、大豆の他、アワやキビ、ヒエといった雑穀が多く作られてきました。そんな地域では、独特の郷土料理が今なお受け継がれています。

健康食がブームの今、見直されている雑穀。そのおいしい食べ方、料理の仕方を教わりに、南部地方を南北に走る、いわて銀河鉄道、青い森鉄道に乗って、現地へ行ってみましょう。

盛岡駅 「わんこそば」で殿様気分

今や全国的に名を馳せる「わんこそば」。朱塗りのお椀に、短めのそばを一口ずつ、次々に入れてもらい、一体何杯食べられるやらと量を競うように食べるとことで有名ですが、本来は多くの客人が揃う宴会でいただくご馳走。お膳にはネギやきのこ、とろろやマグロの刺身などが用意されていてその薬味でおいしくいただくのです。

昔はそばを竈(かまど)で大量に茹でるのが難しく、一人ずつ用意していては最後の客人まで配膳するのに時間がかかってしまうため、全員に少しずつ、平等に振る舞われたのだそう。コンロ設備が進化した現代では、そんな配膳のロスの心配はないけれど、「お客様に対するおもてなしの心」が喜ばれ、今なお受け継がれているということでしょうか。

食べる人の背後に店のスタッフが控え、一杯ずつ間髪を容れずにお椀にそばを入れてくれると、食べる側はまるで殿様気分。宮沢賢治の愛した街、盛岡で一度は体験したい、贅沢な郷土料理です。

■東屋本店

岩手県盛岡市中ノ橋通1-8-3 フリーダイヤル:0120-733-130 http://www.wankosoba-azumaya.co.jp/

二戸駅・斗米駅 「柳ばっと」と「へっちょこ団子」

日本最大の漆の産地、浄法寺塗りや、瀬戸内寂聴さんのあおぞら説法で有名な天台寺のある二戸。ここは古来よりの雑穀の名産地です。

この地域の住民が古くから受け継いできたのが「はっと」という料理。「はっと」とは茨城県から宮城、福島、岩手県など広域に見られる名称で、その材料や調理法、名前の由来などはそれぞれの地域によってまちまちですが、二戸では、あまりにもおいしいのでお殿様が庶民(農民)が食べるのを禁止したという「法度」の意味が語源と伝えられています。 中でもユニークなのは、そばを細く加工せず、指先で柳の葉の様に形作って食べる「柳ばっと」。醤油仕立ての汁の中にひらひらと浮かんだそばは、箸ですくってすするそばとは全く違った新鮮な食感。しっかりとそばの風味の味わっているのに、「これはそばじゃないから(細長くないから)いいんだよ」という庶民のしたたかな発想! そんな歴史を知って,ほくそえんでしまう、ユニークな郷土料理です。

もう一つは「へっちょこ団子」。タカキビを使ったお団子です。二戸は日本有数のタカキビの産地。今でこそ、健康志向の影響で人気がありますが、昔はちょっと苦みがあって、お米に劣る穀物とされてきました。こんなタカキビの粉を使った「しとねもの」。粉を水やお湯で練ってしっとりとさせた料理やおやつのことです。耳たぶくらいの柔らかさに練ったお団子の真ん中を指でちょこっとへこませた形をおへそに見立てたかわいらしいネーミング。

また「へっちょこはえだなあ」という言葉があって、お疲れさまと田植えや稲刈りなどの作業の後にふるまう習慣もありました。一度ゆでて、小豆で煮たあんこの中に入れたおしるこ様のおやつ。甘さの中にほんの少し苦みが漂う味は、今ではかえって「おいしい!」と絶賛されるほど。「柳ばっと」と一緒にお試しください。

■米田工房「そばえ庵」

岩手県二戸市下斗米十文字24-2 TEL:0195-23-8411

途中下車して軽米へ お酒飲むなら「そばっかけ」で

軽米町というのは、雑穀の日本一の生産地。9月頃から収穫が開始される、新鮮なソバや小麦、雑穀類が、周辺の直売所や道の駅、そば屋などで味わえます。

その中で古くから受け継がれてきた食べ方が「かっけ」というもの。「かっけ」とはそばを打った時の「片端」「切れ端」といった意味で、きちんと打った細長いそばはお客様へ。その端っこを自家用にしていた時代の名残りです。鍋に、ネギや豆腐とともに「かっけ」を入れ、火が通ったら地元の味噌とニンニクに絡めていただくもの。一気にかき込むそばと違い、三角に切った「かっけ」を鍋に少しずつ入れて、熱燗片手にちびりちびりといきたい鍋。

一時期姿を消した感のある郷土料理ですが、町おこしの流れもあって、今最注目されています。収穫の秋だからこそ、食べに行きたいご馳走。地元の老舗製麺所「古舘製麺所」では、そばとうどん(小麦)の2種類の四角い「かっけ」が通年販売されています。

■古舘製麺所

岩手県九戸郡軽米町軽米第8番地139 TEL:0195-46-2301 http://hattouya.com/about/

青森駅 けいらんとそば餅

「けいらん」とは見た目のまんま、鶏の卵に見立てた料理のこと。餅米の粉や白玉粉に水を加えて作った団子の中にクルミとあんこを入れて、形を卵状に整え、一度ゆでた後にていねいに仕上げた出汁の中に浮かべるお吸い物です。

南部地方で古くから伝わる慶事、法事の宴会のご馳走で、今では街の中ではめったに見られない郷土料理ですが、郷土料理の専門店で作ってもらえます。中が甘いあんこで、外はカツオと昆布のきいたおだしというのは、関東地方の人がびっくりする味付け。けれど一度食すと忘れられない、丁寧な手仕事をしのばせる味わいです。

南部郷土料理と日本料理の店「田舎」は、青森駅を拠点にする出張中のサラリーマンなどが、おかみさんの手料理を目指して通う店。メニューにはない、おかみさんの思い出の南部料理がいただけることも。 「これが好きなのよねー」と作ってくれたのは、そば粉を練って、割り箸にまとわせただけの「そば団子」。まさに南部地方に伝わる「しとねもの」のおやつで、一度ゆでたそば団子を改めてオーブンなどで焼き、常備しているエゴマ味噌をつけていただきます。

ぷんと漂うそばの風味とエゴマの香り。いくつもいただけそうな旨さに、昔は貧しかったと言われた南部地方の大地の底力を感じます。

■南部料理、日本料理「田舎

青森県青森市中央1-25-16 TEL:017-722-5476