テクノロジーの粋を集めて造られた水力発電ダム」は、
そこにある自然と見事に融合して雄大な造形美を現出しています。
ここでは、その水力発電ダムの魅力をシリーズでお伝えします。
今回は、沼原湿原にエメラルドの輝きを見せる深山ダム・沼原ダムです。

国産技術の粋を集めた最先端の発電所

山国で急流河川に恵まれているわが国には水力発電所がたくさんあります。以前はダムの隣には発電所がありましたが、1970年代以降の発電所はほとんど地下式になっているので、普段は見ることはできません。

一般の人には区別しにくいでのですが、水力発電所は大きく以下の3つのタイプに分類できます。

①自流式発電所、②貯水池式発電所、③揚水式発電所

自流式発電所は流れ込み式発電所とも呼び、河川水の自然な流れを利用して発電します。水量が豊かな河川に「堰」を設け河畔の発電所に引き入れて発電機を回して電気をつくります。天候任せで不安定な電源ですがベース電源として活用されています。

昭和30年代、火力発電所が本格的に建設されるようになるまで、わが国では山奥に大きなダムを建設し雪解け水を貯水し発電するダム貯水地式発電が主流でした。が、戦後復興を経て、経済が高度成長期を迎えると、電源開発の主流は石油火力、天然ガス火力の時代へと変わっていきました。同時に尖頭化する電力需要に対応するため70年代以降、揚水式発での建設が盛んになりました。

70年代の経済高度成長期、わが国の電力需要は毎年二桁、15%前後の成長を続けました。7%で増加すれば10年で2倍になりますが、14%で伸びればおよそ5年で2倍になります。この間に建設された石油火力、天然ガス火力、原子力発電の深夜電力を活用して、昼間のピーク時間帯に発電する揚水発電が重用されるようになりました。

栃木県那須塩原市にある県営の深山ダムとJ-POWER(電源開発)の沼原ダムは、ここに紹介する那須野原のダム・発電所は、経済の高度成長期に首都圏の旺盛な電力需要をまかなうために,国産技術の粋を集めて建設された最先端の発電所です。

那須野原を潤した深山ダム

栃木県那須塩原市百村にある深山ダム(みやまダム)は那賀川本川の最上流部に建設されていて那賀川水系では最大級のダムです。貯水池は「深山湖」(みやまこ)と呼ばれ、この水系最大規模の人造湖です。

1960〜1970年代に国営那須野原開拓建設事業の一環として計画、建設されたもので農業・水道・発電用の多目的ダムで、昭和48年(1973年)に完成しました。ダム高は75.5m、堤長は333.8mのロックフィルダムで、総貯水量は2,580万㎥の水を貯蔵することができます。ロックフィルダムのから漏水を防止するためダム堤をアスファルトで固めたアスファルトフェイシングフィルダムで、このダムの特徴の一つですね。

那須野原一帯は、明治時代より政府と栃木県が那須疎水事業など灌漑整備を強力に進め農地面積の拡大を図ってきた地域です。特に第二次大戦後は食料増産促進の国の方針に従い、当時の農林省(現農林水産省)が主導し「国営那須野ヶ原土地改良事業」を進めてきました。その水源として那珂川に建設されたのが深山ダムです。下流の板室ダム(重力式コンクリートダム)とともに昭和43年(1968年)に建設を開始し48年に完成しました。

電力ピークを救った沼原揚水発電所

この国の事業に発電参加したのが、JーPOWER(電源開発会社)の沼原ダム発電所です。揚水発電ですから農業用水や水道用水に影響を与えずに首都圏の電力不足貢献できる沼原発電所は世界有数の最新鋭の「揚水式発電所」です。

深山湖を下池として、標高1200メートルの沼原調整池(沼原ダム)を上池として、その落差517mを利用して発電しています。深山湖の水を夜間に上池の沼原ダムにポンプアップし、電力の需要がピークになる昼間の時間帯に発電して水を深山湖に戻します。揚水発電ですから、下流に放流せず、水が上池の沼原ダムと下池の深山ダムの間を行ったり来たりして発電するのですね。

発電所の最大出力は67万5000kwです。火力発電1基に相当する発電能力ですね。発電所は深山湖の湖畔にありますが地下式で地中にありますから、普段は見ることができません。ただ、発電所の入り口奥に展示館「森の発電おはなし館」があり展示は充実していて模型を使った揚水発電の仕組みやエネルギー全般について知ることができます。

那須連山に囲まれ、四季折々の湿原の美しい風景が広がる

那須高原にある景勝地「沼原湿原」は那須連山の西端に位置し、湿原西端の台地状のところにダム湖は作られています。発電所は下池の深山湖畔にあります。沼原ダム・発電所には2つの特徴があります。

一つは立地地域です。ダムは普通、山間部の狭隘な河川をせき止めて建設されますが、沼原ダムは日光国立公園内の湿原地帯に建設されています。深山湖から山道を1キロほど登ると、大湿原が開けます。湿原は木道が整備されていて深山ダムのダム湖、板室温泉と合わせ観光地となっています。

沼原ダムは湿原西端の台地状のところに、大きなお椀状の池を堀り、掘り出した土砂を周りに積み上げて大きな池にして高さ38メートルのダムを作ったのです。

丸みを持たせた四角いダムは表面をアスファルトで固めた表面アスファルトしゃ水壁型のフィルタイプダムに仕上げてあります。漏水を防いでいるのですね。ダム湖の貯水容量は434万㎥でそれほど大きくはありませんが、堤頂長(ダム頂上部の長さ)は長く1597mもあります。

高台の駐車場からの眺めは、那須連山に囲まれ、萌える新緑、灰色を加えて深みを増した深緑、紅葉のグラデーションなどが折々に楽しめ、エメラルドに輝くダム湖から右に続く湿原の風景は、四季折々の草花が囲まれている天空の絶景です。家族連れの観光客が多いですね。

500メートル超の揚水発電所 高落差揚水の先駆け

もう一つの特徴は500mを超える高落差揚水ということです。一般水力発電所で落差500m超の発電所は沢山あります。600m超も珍しくありません。でも揚水式となれば話は別です。昭和40年代(1970年代)にあっては、沼原は世界でも最高級落差の揚水発電所でした。発電し終わると発電機を逆回転させポンプとして使い、下池の水を上池まで500mをポンプアップするのですが、この技術は当時、国内には実績もなく挑戦的な技術でした。アスファルト遮水壁ダムといい、高落差発電所といい、それを国産技術で実現した最先端の発電所でした。重厚長大型産業の発展をベースに、経済成長を遂げていたわが国の産業・技術を象徴する発電所ですね。

周辺見どころガイド

荒涼とした原野を蘇らせた明治期の土木遺産

沼原ダムから林の中の道を10分ほどで沼原湿原が広がります。湿原は標高1230m、東西250m、南北500mほど、木道が敷かれて自然散策のコースになっています。

5月に入り雪解けが進むといよいよ花の季節、ミネザクラやハルリンドウ、7月にはニッコウキスゲにエゾリンドウ、シロヤシオツツジなどが次々と咲いて湿原を賑やかにします。清冽な沢の中にはモリアオガエルやクロサンショウウオ、木立の中ではオオジシギやカッコウがさえずり、チョウの仲間ではクジャクチョウやアサギマダラなどが花から花へと飛び交います。

深山ダムの3㎞ほど下流には、1059年(康平2)開湯といわれる板室温泉があります。那珂川支流湯川の谷間に開けた昔ながらの温泉場で、湯の効能から“下野の薬湯”として知られ今も多くの湯治客を迎えています。

那須で温泉が集中するのは山の東面で、中腹の6世紀開湯といわれる那須湯元温泉はじめ、山麓にかけて由緒を誇る湯どころが点在します。

現在の那須は関東を代表する高原リゾート地、一大レジャーランドでさまざまなジャンルの美術館やアミューズメント施設が目白押しですが、それらの賑わいとは全く異質な那須野ヶ原開拓時代の遺構を訪ねてみましょう。

深山ダムの下流10㎞ほどの西岩崎は那珂川の水を取り入れるための疏水取入れ口があるところで、今その一帯は昔の取水施設を見学できる那須疎水公園として整備されています。

那須山麓は火山性の土壌のため保水力がなく、“手ですくうほどの水もない”といわれたほどの荒涼とした原野でした。開発に着手したのは1885年(明治18)で、多額の国費が投じられ本幹水路16.3㎞、分水路を合わせると総延長100㎞に及ぶ工事を完成させ、それまで放置されていた広大な土地を蘇らせました。

この疎水は福島県の猪苗代湖から水を引いた安積疎水、京都府の琵琶湖疏水とともに日本三大疏水の一つとされ、東西の水門跡や水路跡など旧取水施設が明治期の貴重な土木遺産として国の重文に指定されています。現在の取入れ口は1976年(昭和51)完成の4代目で、今も山麓一帯を潤して上流の二つのダムとともに水資源の有効利用に努めています。

ダム観光のための基礎知識⇒ https://meguri-japan.com/knowledge/20211207_10071/

<深山湖・沼原ダムへのアクセス>

■深山湖
所在地:栃木県那須塩原市百村地内
東北自動車道黒磯板室ICから約45分。那須ICから約50分。西那須野塩原ICから約60分。
駐車場有

■沼原ダム
所在地 那須塩原市大字板室
JR黒磯駅から車で50分
東北自動車道那須ICから車で60分
駐車場有

■森の発電おはなし館
下池・深山湖畔にあり、5月1日~11月30日までの開館で、料金は無料です。
所在地:栃木県那須塩原市板室字滝の沢8974
問い合わせ:J-POWER沼原発電所、電話:0278-69-0505。

文: 藤森禮一郎 Reiichiro Fujimori

エネルギー問題評論家。中央大学法学部卒。電気新聞入社、編集局長、論説主幹、特別編集委員を経て2010年より現職。電力問題のコメンテーターとしてテレビ、雑誌などでも活躍中。主な著書に『電力系統をやさしく科学する』、『知ってナットク原子力』、『データ通信をやさしく科学する』、『身近な電気のクエスション』、『火力発電、温暖化を防ぐカギのカギ』、『電気の未来、スマートグリッド』(いずれも電気新聞刊)など多数。