武士の伝統的な衣装を身につけた騎手が、馬場の脇に立てられた的に向けて、疾走する馬上から次々に矢を放っていく流鏑馬。日本に古くから伝えられてきた騎射技術は、いまも神社の奉納行事など神事として大切にされています。
ここでは、流鏑馬を気軽に体験できるという牧場を訪ねました。

平安時代から続く伝統的な武芸

◎トビラ候補(尻尾とたてがみかっこいいです)

流鏑馬は騎射(きしゃ)とも呼ばれ、騎馬の上から的に向かって矢を射ることを意味し、元々は、武士階級の戦術訓練として行われていました

流鏑馬は、その起源を平安時代に遡り、平安時代は、武士の武芸と同時に、貴族の宮廷行事としても行われていましたが、鎌倉時代に入ると、実戦的な武士の武芸として確立され、実戦にも登場してきました。

また、流鏑馬のもう一つの面が神社での祭りや儀式の一環として行われる「神事」で、神の加護を願うための儀式としてその役割を果たしてもいました

江戸時代になり国が安定期に入ると、各地の神社の祭りや神事で流鏑馬が行われ、その年の豊作や厄除けを祈るという神事としての側面がより強まりました。

インストラクターの漆沢さんは各地の流鏑馬神事にも参加。身につけているのは烏帽子、直垂(ひたたれ)、行縢(むかばき)など、鎌倉武士の装束です。

明治時代になると、近代化の影響で流鏑馬の行事は一時的に途絶える地域もありましたが、昭和以降、伝統文化の復興や地域活性化の観点から流鏑馬が再評価され、多くの地域で復興されました。

現代では、流鏑馬は観光や地域振興、文化交流の一環として行われる側面が強気なり、その歴史的な背景や伝統的な意味合いもあり、地域の人々は、その保存に力をいれています。

ここでは、流鏑馬のスクリーングなども行われ、流鏑馬を気軽に体験でき、その普及に力を入れている富士山北麓・西湖近くの「紅葉台木曽馬牧場」を訪ねました。

まずは馬と仲良くなること

「乗馬にはけっこう敷居の高いイメージがありますし、弓となると、ほとんどの人は触ったことさえないでしょう。その2つを合わせたのが流鏑馬なのですが……、われわれはもっと多くの人に、気軽に流鏑馬を楽しんでほしいのですよ」

こう語るのは富士山北麓、西湖近くの紅葉台木曽馬牧場で代表を務める菊地幸雄さんです。

現在、流鏑馬は全国各地の祭りなどで披露され、高い人気を集めています。神事ゆえに氏子以外の参加を認めなかったり、技術や作法を門外不出とする流派もありますが、その一方で、多くの人に門戸を開いているところも少なくありません。流鏑馬は地域によってさまざまな伝統や様式を受け継いでいるのです。

今回訪ねた紅葉台木曽馬牧場は、ふつうの牧場や乗馬教室とは違い、木曽馬をはじめとする和種馬やその交配馬を飼育しています。明治以降、洋種馬の導入によって数を減らし、絶滅の危機にも瀕している日本の在来馬です。

紅葉台木曽馬牧場では、木曽馬をはじめとする和種馬やその交配馬を飼育しています。

今から20年近く前、菊地さんは甲州和式馬術探求会を立ち上げ、古文書や古い絵巻などを頼りに、日本古来の乗馬法や馬具の研究に取り組み始めました。流鏑馬スクーリング(指導)を始めたのもその活動の一環なのです。現在、インストラクターや探求会のメンバー、そして、牧場で育った馬たちは全国に出かけ、数多くの行事に参加しています。

「和種馬を後世に伝えるには、ただ単に保護・育成するだけでなく、活躍する場を作っていくことも重要なことです」と菊地さんは言います。

さて、この牧場での流鏑馬スクーリングですが、その特色をひと言で言うなら「習うより慣れよ」ということになるでしょうか。午前中から夕方まで、お昼の休憩をはさんで行われる一日の指導は、まず自分が乗る馬の世話から始まります。厩舎から馬を連れ出したら、ブラッシングや蹄の手入れをしながらスキンシップを図り、鞍や鐙をセットします。

ごく基本の乗馬技術を学んだら、インストラクターに続いて樹海の中の林道へと乗りだしてゆきます。

準備運動で身体をほぐし、馬具の装着具合を確認したら、さっそく馬場で馬に跨がり、「進め」「止まれ」「曲がれ」の基本操作を5分ほど練習。そのまま牧場周辺のトレッキングコースへと出て行きます。

いきなり馬でお出かけ……という展開になるわけですが、馬体が小さく、おとなしい和種馬は初心者でもすぐに乗りこなせるようになります。1時間ほどの外乗で常歩から速歩、駈歩ができるようになったところで午前の部は終了。いよいよ午後は騎射の練習となります。

スピーディな騎射動作が求められる

流鏑馬で使うのは長さ2mあまりの和弓です。基本的に弓道の弓と同じものですが、矢の先端には紡錘形の鏑が付き、筈(後端)は弦に掛けやすいよう切り込みが広がっています。また、弓道では精神を統一しながら、ゆったり弓を引き絞っていきますが、疾駆する馬上ではそうもいきません。

一般的な流鏑馬の走路は、全長が2町(約218m)で、その間に50m前後の間隔で3つの的が立っています。ここを一気に駆け抜けながら矢を射るのですから、まさしく「矢継ぎ早」のスピーディな騎射動作が求められるのです。

初心者はまず、矢を番え、弓を引き、そして射るという基本動作を習うと、次に一連の動作を手元を見ずにやるよう言われます。実はこれが一番の難題で、最初はたいてい弦を引っ張った途端、矢は地面にポロリと落ちてしまいます。何度も何度も同じ動作を繰り返し、身体で覚えていくしかないのです。

スムーズに矢を射ることができるようになったら、歩きながら同じ練習をして、いよいよ馬上からの騎射となります。

今回のスクーリングに参加していた女性は、乗馬経験はあるものの、和種馬に跨がるのも、弓を手にするのも初めての経験でした。ところが、インストラクターの馬に続いて速歩で的の回りを走りながら騎射を繰り返すうち、ほんの数回で見事に命中。その瞬間、「やったー」とうれしそうな声が上がりました。

見事に的中の瞬間。未経験からわずか1年半
で、ここまで腕を上げる方もいます。

「臍から上で弓を引き、臍から下で馬に乗る。上半身と下半身でまるで別のことをやっているようにも見えますが、でも臍はひとつでしょ」

菊地さんによると、和式馬術の特徴のひとつは、馬の背の一点に自分の体重を乗せること。これは乗馬姿勢や馬の足運びを重視する洋式の馬術とは根本的に異なるといいます。初心者にとっては、なかなか分かりづらい感覚ですが、ある程度の経験を積み、一点で乗る感覚が掴めるようになると、和種馬の乗り方も、騎射の腕前もめきめき上達していくとのことでした。

あらためて言うまでもなく、本格的に流鏑馬を習得するには長い鍛錬が不可欠です。とはいえ、初心者なら難しく考える必要はありません。まずは豊かな自然のなか、日本古来の乗馬と弓を気軽に楽しんでみてはいかがでしょうか。

<紅葉台木曽馬牧場>

所在地:〒401-0320 山梨県南都留郡鳴沢村8529-86
TEL.0555-85-3138
URL:http://kouyoudaikisouma.g3.xrea.com

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*この『めぐりジャパン』は、株式会社シダックスが発行していた雑誌『YUCARI』のWeb版として立ち上げられ、新しい記事を付け加えながらブラッシュアップしているものです。

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。