部活動や体育の授業に取り入れられていることもあり、 日本の武道の中では一般にも比較的馴染み深いのが剣道です。 その起源は江戸時代後期に発展した防具着用の竹刀稽古とされ、 武士たちが剣術の腕を磨くために生まれたものです。 しかし、剣道は竹刀を相手に当てれば勝ちではありません。 そこには単なるスポーツや競技とはひと味違う、 伝統的な武道ならではの奥深さと魅力がありました。

剣道を始めた人がまず最初に習うのは、竹刀のにぎり方や素振りではなく、座礼、立礼、蹲踞……といった礼法です。

「メェーン!」「ドーォ!」という 鋭い掛け声とともに、ビシッ、バシ ッと空気を震わす竹刀の打撃音、そ して、床から伝わる足さばきの激しい振動……。間近で見る剣道の稽古 は想像していたより遙かに迫力あるものでした。「剣道はカメラマン泣かせのスポー ツだってよく言われます。がんばって撮影してくださいね」

こう気さくに声を掛けてくれたのは、東京修道館の中村福義館長でした。大正7年設立の東京修道館は1 00年近い歴史を持ち、約180名の門生を抱える都内では最大級の道場。今回はここで週一度開かれている女子部の稽古を訪ねました。

基礎練習に当たる打ち込み稽古のあと、次々と相手を代えながら試合 形式で行う地稽古(回り稽古)が始まると、道場の熱気はさらに高まっていきます。このとき何より驚くのは竹刀のスピードでした。剣先を絡ませながら立ち位置や間合いを計っていたかと思うと、いきなり激しい打撃音が響いて勝負は決着。有段者同士の稽古になると、素人目には、どちらの竹刀がどちらの防具を叩いたのかまるで見えません。

時代小説では、「電光石火の剣」などといいますが、勝負が決着するのは一瞬の出来事。まさに「カメラマ ン泣かせ」なのでした。

現在、剣道の競技人口は130万人とも、160万人ともいわれ、柔 道の約 万人と比べても分かるとおり、日本の武道のなかでは最もポピ ュラーな存在です。ただし、相撲の ようにテレビ中継があったり、柔道のようにオリンピック競技に採用さ れていないため、剣道の世界は一般にはあまり知られていないのも事実でしょう。 「剣道界のなかには、もっと国際化 を進めなければ……という意見を持つ方も多いのです。でも、私は日本独自の決まり事があるからこそ、剣 道は魅力を保ち続けているのだと思うのですよ」と中村さんは言います。

剣道を始めた人がまず最初に習うのは、竹刀のにぎり方や素振りではなく、座礼、立礼、蹲踞……といった礼法です。たとえば、試合や稽古の前に行う蹲踞の姿勢ひとつとっても、それは戦闘準備の態勢ではなく、 竹刀を交えることで、自分を高めてくれる相手への敬意や感謝の気持ちが込められているといいます。

「攻め」「打突」「残心」の 3つが揃わなければ「一本」にはなりません。

東京修道館の女子部には20 代から60代まで、実に幅広い年齢層の方が在籍しています(少年部にも中学生以下の女子門生は多数在籍)。その多くは親の勧めで子どもの頃に始めたり、部活動の剣道を卒業後も続けている人たちですが、大人になって初めて竹刀を手にしたという人も意外 と多く、三分の一ほどを占めている そうです。

そして、女子部に通う人たちが決まって口にするのは、「剣道は経験 や技量、年齢や体格に関係なく楽しめる」ということでした。

たいてい武道や格闘技では体力がものを言うため、体重によるクラス 分けを行っていますが、剣道にはそういうものはありません。

私は 年間にわたって剣道の修行 を続けていますが、いまだに歯が立 たない先生が何人もいらっしゃいま す。 歳を越えた人と試合して、軽 くひねられちゃうなんて 、ほかのスポーツではあり得ない話ですよね(笑い)」

強さを競う武道でありながら、人と人の間に竹刀という道具が介在することにより、年齢や体格が生みだすハンディキャップが消えてしまうのだと中村さんは言います。「剣道 は生涯楽しめる」といわれる由縁もそんなところにあるのでしょう。

剣道の一本は、相手の防具の決め られた部位に竹刀を打ち込むことだ と思っている人も多いでしょうが、 決してそれだけではありません。自分から相手を崩そうとする「攻め」、 気・剣・体がひとつになった有効な 「打突」、そして、打ち終わった後も次の動作に油断なく備える「残 心」の3つが揃わなければ、一本とは認められないのです。「技術を究めることが、剣道の目的ではありません。だって、いまは戦国時代じゃないのですからね」

それぞれ目標を持って稽古に励む門生の方々も、決まって口にするの は「剣道にゴールはない」というこ と。だからこそ、日々稽古を続けることが楽しみとなるのでしょう。

東京修道館

道場:東京都中野区東中野2-6-27
http://www.tokyo-shudokan.jp

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*この『めぐりジャパン』は、株式会社シダックスが発行していた雑誌『YUCARI』のWeb版として立ち上げられ、新しい記事を付け加えながらブラッシュアップしているものです。

文: 佐々木 節 Takashi Sasaki

編集事務所スタジオF代表。『絶景ドライブ(学研プラス)』、『大人のバイク旅(八重洲出版)』を始めとする旅ムック・シリーズを手がけてきた。おもな著書に『日本の街道を旅する(学研)』 『2時間でわかる旅のモンゴル学(立風書房)』などがある。

写真: 平島 格 Kaku Hirashima

日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌制作会社を経てフリーランスのフォトグラファーとなる。二輪専門誌/自動車専門誌などを中心に各種媒体で活動中しており、日本各地を巡りながら絶景、名湯・秘湯、その土地に根ざした食文化を精力的に撮り続けている。